本記事では、家電ごとの実測消費電力データと効率損失を踏まえ、数式で算出する根拠ある容量目安を解説します。
内閣府の防災ガイドラインに基づく72時間基準と、LiFePO4バッテリーの温度特性や変換効率を考慮した、安全運用の要点もお示しします。
この記事でわかること
災害時の電力確保は、家族の安心・安全を守るために不可欠です。
内閣府の防災基本計画では、災害発生から72時間(3日間)を「人命救助・救命活動」の重要な期間と位置づけており、この間は公的支援が限定的となることが想定されています。
大人2名・子ども2名の標準的な4人家族。
戸建て住宅またはマンションの一般家庭を前提としています。
本記事のゴール
本記事の目標は、家族4人が72時間の停電を乗り切るための最低限・標準・安心の3段階でポータブル電源の容量を算出することです。
計算には以下の安全マージンを設けています。
- 変換効率による損失(DC/AC変換で約10-15%)
- バッテリー劣化と温度による容量低下(約5-10%)
- 緊急時の予期せぬ使用増加(安全係数1.2-1.3倍)
本記事の数値は一般的な想定条件下での推定値です。実際の使用環境や機器仕様により大きく変動する場合があります。
必要容量の基本式と単位(W/Wh/kWh, Ah換算)
ポータブル電源の容量選定には、電力の基本単位を正しく理解することが重要です。以下の単位と計算式を押さえておきましょう。
基本単位の説明
W(ワット):瞬間的な電力 - 家電が動作する際の消費電力
Wh(ワットアワー):電力量 - 1時間あたりの電力消費量
kWh(キロワットアワー):1000Wh = 1kWh
Ah(アンペアアワー):12V系なら Wh ÷ 12 = Ah
必要Wh = Σ(P×h) ÷ η × 安全係数
家族4人×72時間の必要容量は、以下の計算式で算出します。
総合効率η = DC/AC変換効率(0.85-0.90)× バッテリー効率(0.90-0.95)
安全係数 = 1.2-1.3(最低限), 1.4-1.5(標準), 1.6-1.8(安心)
例えば、1日あたり500Whの電力を消費し、総合効率を85%、安全係数を1.3とした場合は
72時間の必要容量 = 500Wh × 3日 ÷ 0.85 × 1.3 = 2,294Wh
家電別モデルケース(冷蔵庫・照明・通信・調理)
停電時に優先すべき家電の消費電力を、実測データに基づいて整理します。
各家電の「デューティ比」(実際の稼働率)を考慮した現実的な電力消費量を算出します。
冷蔵庫 デューティ比と庫内保持の注意
冷蔵庫は災害時の食料保存に不可欠ですが、最も電力を消費する家電の一つです。
| 項目 | 数値 | 備考 |
|---|---|---|
| 定格消費電力 | 120-180W | 400-500Lクラス |
| デューティ比 | 30-40% | コンプレッサーの実稼働率 |
| 1日の実消費電力 | 864-1,728Wh | 150W × 0.35 × 24h = 1,260Wh(代表値) |
停電時は冷蔵庫の開閉を最小限に抑え、庫内温度の上昇を防ぐことで消費電力を約15-20%削減できます。
照明/通信 スマホ・ルーターの稼働時間
最低限の照明と通信手段の確保は、情報収集と安全確保に欠かせません。
| 機器 | 消費電力 | 稼働時間/日 | 1日の消費電力 |
|---|---|---|---|
| LED照明(8W × 3灯) | 24W | 8時間 | 192Wh |
| WiFiルーター | 12W | 24時間 | 288Wh |
| スマホ充電(4台) | 10W | 2回/台 | 80Wh |
| ラジオ・小型TV | 15W | 6時間 | 90Wh |
簡易調理 電気ケトル/電子レンジの代替策
調理器具は消費電力が大きいため、ポータブル電源での使用は制限的です。代替手段と併用が重要となります。
電子レンジ(1200-1500W)、IHヒーター(1400W)、電気ケトル(1200W)は瞬間的に大電力を消費するため、定格出力2000W以上のポータブル電源が必要です。
| 調理器具 | 消費電力 | 推奨代替手段 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 電気ケトル | 1200W | カセットコンロ + やかん | 湯沸かし時間5分 = 100Wh |
| 炊飯器(小型) | 300W | 無洗米 + 水筒調理 | 炊飯1回 = 150Wh |
| 電子レンジ | 1400W | レトルト食品の湯煎 | 3分使用 = 70Wh |
効率・季節・化学の補正(インバータ/DoD/温度)
ポータブル電源の実際の使用可能容量は、カタログ値より小さくなります。以下の補正要因を理解して、適切な容量を選定しましょう。
AC/DC変換とインバータ損失
家電製品の多くは交流(AC)で動作するため、ポータブル電源の直流(DC)をインバータで変換する必要があります。この変換で約10-15%のエネルギーが熱として失われます。
| 変換方式 | 効率 | 適用機器 | 備考 |
|---|---|---|---|
| DC直接給電 | 95-98% | LED照明、USB充電器 | 最も効率的 |
| 正弦波インバータ | 85-92% | 精密機器、冷蔵庫 | 高品質だが効率やや低 |
| 修正正弦波インバータ | 80-88% | 白熱電球、単純な家電 | 安価だが使用制限あり |
LiFePO4とNMCの傾向とDoD
ポータブル電源に搭載されるバッテリーの化学特性により、使用可能容量と寿命が大きく変わります。
バッテリー容量に対してどの程度まで放電するかの割合。LiFePO4は90-95%、NMC(三元系)は80-85%まで安全に使用可能です。
| バッテリー種類 | 安全DoD | 低温時容量 | サイクル寿命 | 防災適性 |
|---|---|---|---|---|
| LiFePO4(リン酸鉄) | 95% | -10℃で約85% | 3000-6000回 | 高い(安全性重視) |
| NMC(三元系) | 85% | -10℃で約70% | 1500-3000回 | 中程度(高密度重視) |
LiFePO4バッテリーでも0℃以下では容量が約15-30%低下します。寒冷地では容量に1.2-1.3倍の余裕を見込みましょう。
ソーラーパネル併用時の寄与と日射シナリオ
ソーラーパネルを併用することで、ポータブル電源の実効容量を拡張できます。
ただし、天候や季節により発電量は大幅に変動するため、現実的な数値で計画することが重要です。
曇天/冬季/都市部の現実的な発電量レンジ
理論値と実測値には大きな開きがあります。以下は100W・200Wパネルの実際の発電量データです。
| パネル出力 | 晴天(春夏) | 曇天(春夏) | 晴天(冬季) | 曇天(冬季) |
|---|---|---|---|---|
| 100W | 300-400Wh/日 | 80-120Wh/日 | 200-280Wh/日 | 40-80Wh/日 |
| 200W | 600-800Wh/日 | 150-250Wh/日 | 400-560Wh/日 | 80-160Wh/日 |
防災計画では「曇天(冬季)」の最低発電量を基準とし、晴天時は「余裕」として考えることを推奨します。
200Wソーラーパネルを併用する場合の実質的な容量拡張効果
- 楽観シナリオ(晴天続き) 3日間で1,200-1,800Wh追加
- 標準シナリオ(晴曇混在) 3日間で600-900Wh追加
- 悲観シナリオ(曇天・雨続き) 3日間で200-400Wh追加
家族4人×72時間の目安容量
これまでの計算式と補正係数を用いて、3つのレベル別に必要容量を算出します。
最小限/標準/安心の3水準(表と簡易グラフ)
| 機器カテゴリ | 1日あたり消費電力(Wh) | ||
|---|---|---|---|
| 最小限 | 標準 | 安心 | |
| 冷蔵庫 | 800 | 1,260 | 1,500 |
| 照明・通信 | 300 | 650 | 800 |
| 充電(スマホ・PC) | 80 | 150 | 250 |
| 簡易調理 | 0 | 200 | 400 |
| 1日合計 | 1,180Wh | 2,260Wh | 2,950Wh |
| 72時間合計 | 3,540Wh | 6,780Wh | 8,850Wh |
補正後の推奨容量
最小限レベル: 3,540Wh ÷ 0.85 × 1.2 = 5,000Wh
標準レベル: 6,780Wh ÷ 0.85 × 1.3 = 10,400Wh
安心レベル: 8,850Wh ÷ 0.85 × 1.5 = 15,600Wh
- 最小限(5kWh): Jackery 3000 Pro, EcoFlow DELTA Pro等
- 標準(10kWh): BLUETTI AC500 + B300S×2, Jackery 5000 Plus等
- 安心(15kWh): 大容量システムまたは複数台構成
安全運用・保管・点検の要点(簡易チェック)
ポータブル電源を防災用途で長期保管・緊急運用する際の重要なポイントを整理します。
発熱/換気/充電サイクルの管理
- 換気確保: 屋内使用時は十分な通気を確保(発熱・ガス対策)
- 温度管理: 0-40℃の環境で保管・使用(効率・安全性維持)
- 定期充電: 3-6ヶ月に1回は100%充電(バッテリー劣化防止)
- 負荷管理: 定格出力の80%以下で連続使用(過負荷防止)
- 水分厳禁: 濡らさない・結露注意(感電・ショート防止)
| 点検項目 | 頻度 | チェックポイント | 異常時の対応 |
|---|---|---|---|
| 外観・ケーブル | 月1回 | ひび、変形、コード損傷 | 使用中止・メーカー相談 |
| 充電・放電 | 3ヶ月毎 | 充電時間・容量の変化 | バッテリー交換検討 |
| 表示・操作 | 使用前毎回 | 液晶表示・ボタン反応 | リセット・初期化 |
| 冷却ファン | 6ヶ月毎 | 動作音・風量の確認 | 清掃・潤滑油補給 |
異臭・異常発熱・煙が発生した場合は直ちに使用を停止し、換気の良い場所に移動してください。リチウムバッテリーの熱暴走は延焼の危険性があります。
まとめ
家族4人×72時間の停電対策として、ポータブル電源の必要容量は使用レベルにより5-16kWhの幅があります。
重要なのは、ご家庭の優先度と予算に応じて適切なレベルを選択することです。
- 最小限(5kWh): 冷蔵庫+照明+通信の基本的な生活維持
- 標準(10kWh): 上記+簡易調理で準通常の生活レベル
- 安心(16kWh): 高負荷家電も使用可能な余裕ある構成
購入前チェックリスト
- 家族の生活パターンと優先家電の洗い出し完了
- 現在使用中の家電の消費電力確認済み
- 設置・保管場所の環境条件(温度・湿度・換気)確認
- 定期メンテナンスの体制・スケジュール計画済み
- ソーラーパネル併用の検討と発電量試算完了
- 緊急時の使用手順・家族への周知完了
- 予算と性能のバランス検討・機種候補選定済み
- 本記事の計算結果を基に、ご家庭の必要容量を再計算
- 候補機種の実機確認(展示会・レンタルサービス活用)
- ソーラーパネルとのセット購入でコストパフォーマンス向上
- 購入後は定期的な動作確認で「いざという時」に備える
適切なポータブル電源の導入により、災害時でも家族の安心・安全な生活を維持できます。
本記事の計算式と判断基準を参考に、ご家庭に最適な防災電源システムを構築してください。
参考文献
• 防災情報「家庭備蓄の目安」 – 内閣府 – https://www.bousai.go.jp/
• 停電への備え – 消費者庁 – https://www.caa.go.jp/
• 家庭の省エネ・電力基礎 – 資源エネルギー庁 – https://www.enecho.meti.go.jp/
• 気象統計データ – 気象庁 – https://www.jma.go.jp/
• 製品安全情報 – NITE – https://www.nite.go.jp/
• 統計データ – 総務省統計局 – https://www.stat.go.jp/
• 住宅防火・防災 – 消防庁 – https://www.fdma.go.jp/
• 家庭用途の蓄電池安全 – 一般社団法人電池工業会 – https://www.baj.or.jp/
• 電気用品安全関連ガイド – 経済産業省 – https://www.meti.go.jp/
• 通信障害時の対策 – 総務省 – https://www.soumu.go.jp/
• 食品衛生/停電時の保存 – 厚生労働省 – https://www.mhlw.go.jp/